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最高裁判所第二小法廷 昭和34年(オ)856号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士兼子一の上告理由第一について。

論旨は、原判決が本件出願商標及び引用商標から「三桝」なる称呼、観念が生ずる旨を判示したのを非難するのであるが、現在、紋章等に関する知識が世人一般に薄くなつたことが所論のとおりであつても、なお、右商標の図形を三桝を表わすものと認める者も相当あるべく、右原判示が所論のように経験則に反するものとはいえない。論旨は理由がない。

同第二について。

しかし、商標の一部が圧倒的に重要であり他の部分が附加されているに過ぎないような場合は格別、本件出願商標のような図形においては、二つの称呼が出ることも考えられないことではない。原判決が、右商標について、「亀甲」の称呼、観念を生ずるとともに、「三桝」の称呼、観念を生ずる旨を認定したことをもつて違法とすべき理由はない。

同第三について。

同じ称呼または観念を生ずる商標を類似商標とするのは商品の出所について誤認、混同を生ずる虞があることによることは論旨のとおりである。論旨は、本件の場合、右の誤認、混同を生ずる危険は全く予想されない旨を主張するのであるが、原判決はこの点について、誤認、混同を生じないのは、両家の競業の事情に通曉しているものの間において、しかも現物取引の場合においてのみ言い得ることである旨を判示しており、この判示は首肯することができる。論旨は理由がない。

同第四について。

しかし、原判決は所論のように出願商標の主要部を単にその大きさや面積のみによつて決定しているのではなく、全体的観察においても、三桝紋章表示の立方体の図形を看過することができず、結局、「三桝」なる称呼、観念をも生ずる旨を判示しているのであつて、右判示は当審においても是認することができる。論旨は理由がない。

上告代理人弁護士細谷啓次郎、同川上隆の上告理由第一点について。

商標の類否を判断するについては、それぞれの商標を全体として観察しなければならないことは所論のとおりである。本件出願商標と引用商標とは、その図形において同じではなく、ことに本件商標の中央部に亀甲の図形があり、三桝の図形は右亀甲によつて一部覆われその全部をあらわしていないのであるが、そのことによつて出願商標から三桝の称呼、観念を生じないものとは断定し難く、原判決が出願商標は引用商標とその称呼、観念において同じである旨を判示したのは正当であり、論旨は理由がない。

同第二点について。

論旨は、原判決は、出願商標が商標法(大正一〇年法律第九九号)二条一項九号に該当するかどうかについての判断の基準時を誤つた違法があるというのである。原判決が右の基準時を出願時においていることは判文上明らかであるが、かりに所論のように、その当時予測し得べきことは右の判断の資料とすべきものとしても、その後審決時までに生じた事実をもつて直ちに予測可能な事実として右二条一項九号に該当するかどうかを論議すべきものではない。のみならず、称呼、観念が同じであるかどうかについて、出願時と審決時とで判断が異るようなことは通例考えられないばかりではなく、原判決によれば、誤認、混同の事例がないというのは、両家の競業の事情に通曉しているものの間において、しかも現物取引の場合におていのみ言い得るというのであつて、かかる事実も、基準時を何時とするかによつて異るものとは考えられない。論旨は理由がない。

同第三点について。

論旨は多くの先例を援用して、原判決は商標の称呼、観念類否決定の基準を誤解している旨を主張するのであるが、商標の類否判断は具体的場合に応じて判断せられるべき問題であるから、原判決が本件出願商標と引用商標とを類似するものと判断したからといつて、所論の先例に反するものとはいえないのみならず、原判決が右の基準を誤つたものということもできない。論旨は理由がない。

同第四点について。

論旨は、原判決は重要な事項について理由を附せず、理由に齟齬があり、審理不尽の違法があるというのである。よつて所論の点について按ずるに、

一、原判決は、出願商標の中央部の亀甲形図形を考えなかつたのではなく、その図形を十分に観察した上で、なお「三桝」の称呼、観念を生ずるとしているのであつて、所論のように図形の一部を抽出分析して判断をしているのではない。

二、原判決は商標の特別顕著性は同法一条の問題であつて商標の二条一項九号に該当するかどうかに関係がない旨を判示しており、右二条一項九号に該当する以上特別顕著の有無の判断は必要がない。

三、原判決は商標の類否を上告人の主観的意図を考慮に入れて判断しているのではない。所論のように、原判決の理由に前後矛盾するところはない。

四、原判決が出願商標について「亀甲型元祖」なる称呼、観念を認めるとともに「三桝」なる称呼、観念を認めたからといつて、元来一箇の商標から二つの称呼、観念が生ずることがないとはいえないのであるから、所論のような矛盾はない。

五、上述第二点説明のとおりであつて理由がない。

六、掛紙の相違は商標の類否とは別の問題であつて、掛紙による商品の識別についてまで判示する必要はない。

以上、要するに、原判決に、所論のような理由不備、理由齟齬、審理不尽、判断遺脱等の違法はなく、論旨は理由がない。

同第五点について。

上告人と引用商標の権利者との関係が所論のとおりであつても、すでに引用商標の登録があり、上告人の出願商標が右引用商標と類似するものと判断される以上、上告人の出願が拒否されてやむを得ないのであつて、論旨は採用することができない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助)

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